vol103 3つのパラレルキャリア×9つの国 /返田岳さん

せかい暮らし

「海外への一歩をつくる」をコンセプトに始めた
インタビュー企画2回目。

日本だけにとどまらず、
せかいで暮らす人のインタビューをお届けしたいと思います。

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「海外への一歩をつくる」コンセプト

この企画は「海外への一歩をつくる」
ことをコンセプトにしています。

 

海外移住や留学への憧れ、チャレンジしたい気持ちはあっても
キャリア、今後の生活などに対する疑問や不安で
なかなか行動できない方も多いのではないでしょうか。

わたしもその一人でした。今でも疑問や不安だらけです。

そういう疑問や不安を払拭するには、
経験者の話を聞くのがいちばんだろうと、
この企画を始めました。

 

今はまだ新型コロナの影響で
海外どこでも自由に行くというのは難しい状況ですが、
これを準備期間と捉えて自粛明けに一歩前進したいですね。

 

インタビュー2人目は、
”3つのパラレルキャリア×9つの国”で活躍する、
返田岳(そりた たける)さんです。

 

返田岳さん略歴

1988年生まれ、山梨県出身。慶應義塾大学環境情報学部卒業。
慶応義塾大学大学院政策・メディア研究科修士課程修了。

2014年、関西独立リーグ所属の06ブルズ(大阪)に入団。
以後、ドイツ、オーストラリア、メキシコなど計9か国で野球選手として活動。
写真家としての顔もあり、
ムック本「ユリイカ」では石原慎太郎氏などの撮影を担当、
ほかメディア掲載歴あり。

2020年1月ハンドメイドアクセサリーブランド”Teoría Lineal”を立ち上げ、
ピアス/イヤリング、ネックレスなどを製作・販売。

Teoría Linealオンラインショップ:https://nikosorit.thebase.in/
blog: http://nikosorit.tokyo/baseballplanet/
Twitter:@nikosorit

 

たまたま返田さんの海外野球フォトブログを見つけたのですが、
気がついたらなぜか野球選手のアクセサリーブランド(?)の
オンラインショップにたどり着き、
「???」となりながらも気にいったピアスがあって購入した、
というのが今回の返田さんとのご縁のきっかけです。

 

東京六大学野球を目指した学生時代。

小学校2年生で野球を始めて、
東京六大学野球を目指してきた返田さん。

大学時代の野球活動や研究活動について
まずはお話を聞いてみました。

 

さらら
さらら

慶應義塾大学というと学力という意味でも難関大学、
野球でも東京六大学野球に所属する名門というイメージがあります。
まず東京六大学野球を目指したきっかけというのは?

返田さん
返田さん

子どものころから親が「将来の選択肢を広げるために野球だけじゃなくて勉強もしっかりしなさいよ」という方針で
東京六大学野球を見に行ったりもしていたので、
甲子園よりは六大学野球でプレーしたいと思っていましたね。

 

野球も勉強も両立、ということで、

大学の学力レベルや野球部の強さを考え、慶応に入学しました。

 

 

さらら

親御さんのおっしゃるように
勉強も野球も両立してこられたんですね。
専攻分野は何だったんですか?

返田さん

環境情報学部でメディアデザインというのを専攻しました。
どうしてもこの学部で勉強したいと思って選んだわけではないけど

実際に入ってみたら自分のやりたいことができる学部でした。

大学3年の時に
自分の所属研究室と東京大学服飾団体fabの共同研究という形で
ファッションショーに出展した創作体験は、
後々の創作活動にもつながっています。

 


東京大学服飾団体fabの仲間と。

 

 

さらら

夢叶って慶応の野球部にも入るわけですが、
野球部の活動としてはどうでしたか?

返田さん

大学1年、2年と活動しましたが、選手としてはあまり活躍できず、
大学3年の時に監督に学生コーチにならないかと言われ

大学3年・4年は学生コーチをやっていました。

プロ野球選手になりたいと思っていましたが、
その夢はここであきらめることになりましたね。

 

大学院にも進むのですが、大学3年~大学院修了までの5年間はプレーからは離れており、自分でももう完全に引退したつもりでした。

 

大学3年の時のファッションショー後も、東京大学のfabで活動していたので、野球部とfabを並行してやっていた時期もあります。

 

野球引退・長いブランクから海外野球への一歩。

「野球は完全に引退したつもりだった」返田さんが
長いブランクを経て野球選手に復帰し、
独立リーグ→さらには海外へ渡って
計9か国で野球選手としてプレーすることになります。

 

さらら

高校や大学の部活・体育会で野球を辞める人が多いのではないかと思うのですが、

返田さんはプレーヤーとして5年のブランクがありながらも、
大阪の独立リーグで野球選手としてプレーをしていますね。

 

進学や企業就職ではなく、
野球選手を続けることを選んだきっかけや理由を教えてください。

返田さん

僕が学生コーチをやっている大学4年の時に
新しい監督が慶応大学野球部に就任し、
その後3年連続で部員がプロ野球のドラフト会議で指名されました。
(現阪神タイガース・伊藤隼太選手など)

 

当時は僕は大学院に進学して野球から完全に離れていたのですが、

「俺が野球をやらない間もあいつらは野球やって、プロに行ったんたんだなあ」って何か引っかかりがあったんです。

 

それから、高校時代の野球部の先輩が四国の独立リーグのトライアウトに受かってプレーしていることも聞きました。

 

自分の知っている野球部の仲間や先輩が野球選手の道に挑戦している姿はうらやましくさえあったし、

「自分ももしかしてできるんじゃないか」
「もういちどやってみてもいいんじゃないか」
と夢がより具体的に見えてくるようになりました。
だから、もう一度野球選手を目指したんです。

返田さん

もう1つはファッションデザインの勉強もずっと続けていく中で
作品を撮るために写真も始めたのですが、
知人やアートギャラリーで一緒に働いていたデザイナーさんが写真をすごく評価してくれたんです。
「俺、これはできるかもしれない。」と。
少しずつ写真家になるという覚悟もできました。

 

そういう経緯で作品や興味のあるスポーツ写真を撮り始めましたが、
もっと撮影する人とされる人の関係性が出るような写真を撮りたいと思うようになって。

お互いのことをよく知らないスポーツ選手とカメラマンじゃ
そこに大した関係性は生まれないわけで、
僕は内面の映らない写真には納得できませんでした。

 

スポーツ選手を撮影していて、自分もまたスポーツやりたいなという気持ちも実はありました。

 

じゃあ自分が野球選手としてプレーするか??と。

選手・仲間と良い関係性を築きながら、それを写真に残したいと思ったのも、5年のブランクの後に野球選手になったきっかけです。

 

もういちど野球選手になること、写真家として自分が撮りたい写真を撮ること、
という自分のやりたい二つのことを両立できる形でした。

 

 

さらら

ポジションはずっとキャッチャーでやって来られたんですか?

返田さん

もともとはキャッチャーでした。
ただ、海外に出てみると日本人は守備がうまいようで

僕も海外で「その守備力があるなら内野の守備できるじゃん」と言われてセカンド・ショートをやり始めました。

またあるときは2軍戦で投げてみたら
「ピッチャーも意外といけるな」と手ごたえがあり、

今はピッチャーに興味があります。
今後の野球人生はピッチャーとして勝負したいと考えています。

 

 

さらら

具体的に野球選手を目指す前は
ご自身の進路やキャリアについてはどんな風に考えていましたか。

返田さん

小説を読むのが好きで、
子どものころは小説家になりたいと思っていました。

大学では文芸評論家のゼミに入って小説を書いていました。

ファッションデザインも勉強し続けていましたね。

でも、この分野の才能は自分にはないな、と気づいて
じゃあ何しようって悩んだ時期も半年くらいありました。

 

 

さらら

日本も含めて計9か国ですが、
海外でのチーム探しや、契約などどうやってやるんですか?

返田さん

最初の海外野球は大阪のチームからドイツのチームへ行きます。
これは僕が大阪のチームでプレーしていた時の
同じチームの先輩のつながりですね。
僕の先輩が石川県のチームでプレーしていたときのチームメイトであり先輩である方が、ドイツでプレーしていたことがあるのですが
「ドイツのチームが日本人選手を探している」と連絡をくれました。

 

その後は、Facebookや連絡先を交換した自分の仲間や現地で出会った人とのつながりですね。
自分のコミュニケーション能力には自信があって、いろんな人とすぐにうちとけられると思っていて、
「行けば何とかなる」という確信がありました。

 

エージェントもいなくはないんですけど、
何かうまくいかなかった時にエージェントに不満を持つのも嫌だし、
自分で連絡をとって交渉してうまくいかなくてもめたり、
という方が面白いし、いろんな経験を得られると思ったので
自分で現地に行って、自分で話して、というふうにやりました。

 

 

 

さらら

世界9か国(日本・ドイツ・スイス・オーストラリア・ベルギー・アメリカ・プエルトリコ・メキシコ・アルゼンチン)

でプレーしてこられていますが

海外野球・海外生活する中で
1番印象深かった国やエピソードを教えてください。

返田さん

好きな国はスイスですね。
「都市と自然の融合」があるんです。

スイスにも自然豊かな地方はありつつ、

すぐ近くにジュネーヴとかチューリッヒのような国際都市もあって、

そこにある情報とかビジネスとか人が世界に直につながっているというのがすごく良かったな、と。

 

メキシコではユカタンという街に滞在していたのですが、

日本とは人も環境も大きく違う点が面白いです。

ユカタンはスイスと逆で世界に直にはつながらない。

あの町の多くの人たちはおそらく、メキシコで生まれてメキシコで育ち、外の世界に出ることはなくメキシコで死んでいく、
ローカルで完結する世界だと思うんですけど、

だからこそのユニークさがありますね。

 

 

 

 

さらら

世界のあちこちを飛び回っているわけですが、

返田さんの標準的な1年のライフサイクルを教えてください。

各国で季節や野球リーグのシーズンがあるんですよね?

返田さん

その年その年でサイクルはバラバラなのですが、

ある国の野球シーズン(夏)に合わせて行ってそこでプレーします。
例えばヨーロッパだとおおよそ4―9月が野球のシーズンですね。

シーズンオフ(冬)は日本に帰って仕事をするか、
あるいはまた別の国でチームを見つけてプレーした年もあります。

 

 

さらら

海外生活で言語や生活習慣だったり、

苦労することはないですか?

返田さん

英語は、高校である程度勉強しているので何とかなるだろうと思ったけど、初めは何ともならなかったですね・・・。

少しずつ上達はしましたけど。
ドイツやオランダの言語はそれぞれ英語との言語的な近さがあるのでドイツ人やオランダ人は英語が話せます。

 

メキシコのチームでは英語を話せる人はほぼいませんでした。

 

さっきも言ったようにユカタンは「ローカルで完結する世界」だから
スペイン語を話せたら生きていけるし、
そもそもメキシコ周辺国はスペイン語を使う国が多いから、
メキシコの外に出てもスペイン語。

 

だからなのか、メキシコの人たちに「なんでスペイン語が話せないの?」と言われることもありました。

 

半年ごとに違う国に行って野球をするという生活で
その国の言葉を100%習得するというのは無理があるんですが、

できる限り現地の人とのコミュニケーションの中から学ぶようにしています。

 

 

 

 

さらら

海外野球フォトブログでは返田さんご自身が撮った写真がエピソード付きで紹介されているのが印象的ですが、何を撮るのが好き、得意ですか?

返田さん

人と人との関係性を映したいと思っているので、
基本的には人の写真ばかりで、風景とかを撮るのは苦手です。
だからフォトブログの写真も人ばかり、
あとはグラウンドの写真を少し撮るくらいですね。
自分の好きな人を撮るのがすごく好きです。

#1日1海外野球 #6 ジョシュとアマンダ
ぼくがドイツでプレーした年にケルンの監督を務めたアメリカ人のジョシュ・ムーディとガールフレンドのアマンダ。ジョ

返田さんの個人ブログでは「1日1海外野球」と題して、
海外野球等にまつわる写真がエピソード付きで紹介されています。
海外野球選手のびっくりする食生活の話、
リラックスしてビールを飲む仲間の姿、
練習後のひとときなどが見られます。
二人がおどけた表情で写っているのこの記事の写真、
表情のせいなのか?よく似た顔をしたお二人だなあと、
バチッと印象に残っています。

3つのパラレルキャリアと将来の話。

 

さらら

2020年1月からアクセサリーブランドTeoría Lineal(テオリアリニアル)を立ち上げていますが、コンセプトや経緯を教えてください。

返田さん

メキシコ滞在中に思いついたのがTeoría Linealです。
メキシコは物価が安いのですが、お土産なんかで安くてかわいいピアスとかアクセサリーがいっぱい売っています。
それを見てて、自分でも作れるんじゃないかなと。

 

大学で線形の理論という講義を受けたのですが、
この数学的解釈に基づいて何か形にできるのではと考えた結果、
このアクセサリーブランドが生まれました。
北欧のインテリア・ヒンメリをモチーフにしたデザインのアクセサリーを作っています。

 

 

※日本はもちろん海外発送も対応、
わたしもピアス2点をタイに届けていただきました。
(EMSを利用し、2-3日で到着。)

 

さらら

 

返田さんがアクセサリーブランドを始めたように
何かやりたいことや新しいことをやる
きっかけの作り方、始め方ってありますか?

返田さん

よく言われることでもありますが、
「小さく始める」ことじゃないですか。
ビジネスにしてもいきなり在庫たくさん持って始めるとか、
大金突っ込んだりするのってリスクになりますから。
「いつでもやめられるように始める」ことを考えればよいのかな、
と思います。

 

 

さらら

返田さんの3つの好きなこと、得意なことが、
仕事やライフワークとして上手くいっているように見えます。
なにか今後の課題や苦手なこともあるのでしょうか?

返田さん

「マネタイズ」というのは今後の課題ですね。

野球選手を始めた頃はお金よりも経験をとったので
お給料はなしで家だけ支給してもらうということもあったし、

写真も最初は知人に頼まれるがままに足を運んで撮ったりして
お金を目的にして動いてこなかったので、
対価をもらうというような感覚が乏しいんですね。

 

今回立ち上げたアクセサリーブランドは、今後ブランドを続けていく・広げていくためにもマネタイズして適正な利益を得る、

ということを考えないといけないと思っています。

 

 

 

さらら

3つの活動はまったく違うものに見えますが、
共通点だったり何か補完し合うようなところはありますか?

返田さん

これは僕が好きなことでもありますが、
「人と関わること」が共通してあります。

 

野球はいろんな人と関わってプレーできる場を広げてきたし、
写真には人との関係性を映したいと思って撮っています。
アクセサリーはものをつくる活動だけど、
その先にいるアクセサリーをつけてくれるお客さんを
すごく思い浮かべます。

 

 

さらら

 

海外を転々とすることとか、
1つの職にとどまらないこととか、

他の人の人生と比べて不安になることはないですか?

返田さん

海外にいる人ってそういう不安は持つ人多いかもしれないですよね。
僕は大学院を出てから

写真を撮りながらお金にならない野球選手というのを
海外で7-8年とか時間をかけてやっていますが、

そこには「今日試合に出られるかな」とか

「今シーズン活躍できるかな」
っていう短いタームのミクロ視点と、
何年とか一生という長いタームのマクロ視点という
2つの視点があると思っています。

「自分なら大丈夫だ」と思って何かをやり始めた数年間に対して
ある時「本当に大丈夫なんだろうか」

っていう不安がわくんだと思うんですけど、
もう一歩引いて長いスパンで見れば、
自分がやっていることは
きっと自分の人生に価値を創造すると思っています。

 

 

 

さらら

今後どこで暮らして、何をやりたいですか?

返田さん

「どこの国がいい」という強いこだわりはないけど、
日本を拠点にして、行きたい国に、行きたい時に行きたいですね。
海外で野球選手として活動する中で出会った人たちが
いろんな国にいるから、彼らに会いに。

 

逆に彼らにも日本に来てほしい。
自分が海外でお世話になった分、僕を頼って日本に来てほしいし、そこで好きな人たちの写真を撮りたいです。

 

もちろんそういうことを実現させようと思えば自分の働き方・時間の作り方や金銭面も考えないといけないけど、
写真家としての活動と、アクセサリー作家としての仕事を両立させながら、というのが今後の展望です。

 

 

あとがき

世界9か国の野球選手、写真家、アクセサリー作家。

どう考えても共通点が見えてこない返田さんの3つの職業。

でもよくよく話を聞いてみると
この3つが線でつながるところがあって、
返田さん自身が
”点が集まって線になり、線が集まって面をなす”
というTeoría Linealのコンセプトそのものに見えてくる、
そんな気がするのはわたしだけでしょうか?

 

「ひとりで縁もゆかりもないタイに来て何やってんだろう」
と何だか不安になる時がありますが、
返田さんの言うようにいつかこの経験は価値を生み出すし、
どこかで何かとつながることになるかもしれないですよね。
うまくいかないことはあっても無駄になることはなくて、
誰でも、何かの拍子に形になる瞬間があるんじゃないかと思います。

 

返田さんとのお話では、
「自分が撮ったいい写真や自分が作ったいい作品を見て
うわーこれ最高だなあめっちゃかわいいなあって思うんですよ。」
あるいは「小説はなかなか自分では書けなかった」
という話があったのですが、
終始、過剰な自信も過剰な謙遜もなく、
自分が思うままを素直に言葉にされていたのが印象的でした!

 

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