vol51 海外就職「居場所があること」

タイで働く

今日は海外で働くにあたって
「居場所があること」というお話です。

「居場所ないの??」と心配されそうですね。
「居場所がある」って自分の支えがあるという状態であり、
特に海外で働くとなった際にはとても大事なことだと思っています。

 

そもそも、この「居場所があること」というのは、
わたしが今の会社の面接を受けた時の、面接官(今の上司)からのアドバイスです。

仕事以外、会社以外で自分の居場所を見つけた方が良いよ。
海外だからいろいろ困ることもあるし、週末とかね、タイは楽しいから」
と面接の際にアドバイスをいただきました。

ということで、ここでいう居場所とは
仕事以外、会社以外の居場所があることという定義で進めます。

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「居場所があること」とは。

そもそも「居場所があること」とはなんでしょうか。

「居場所があること」とは、
心を休めることができたり、そこにいて楽しいと思えたりするような、
コミュニティやつながりがあり、そこに自分が所属していること。

ここでは会社以外の「居場所」と定義したので、
家庭、部活動、飲み仲間などでしょうか。
友達や恋人と考えてもかまいません。

家に帰れば子どもがいるとか。休みの日に遊ぶ友だちがいるとか。
という感じです。

なぜ海外で「居場所があること」が大事なのか

なぜ海外に仕事で来たときに「居場所があること」が大事なのでしょうか。

海外に来ると、まず「居場所がない」という場合が多いからです。
そして、この「居場所がない」という状態は、
個人差はあれど、(特に海外では)精神的負担の大きいものだと思うからです。

 

「居場所がない」とはどういう事か

日本にいれば、会社の同僚、学生時代の友だち、家族がいたりして、
何か嫌なことがあれば一緒に飲みに行こうとか、
趣味でストレス発散しよう、帰省しようということが比較的やりやすいはずです。
疲れたなと思えば甘えられる相手がいますよね。

海外に来ると、日本でのコミュニティはいちど手放すことになります。
これが「居場所がない」状態です。

もちろん今はLINEやメールもあるし、
つながりそのものが消滅するわけではありませんが、
物理的な「距離」や「時差」ができてしまいます。
「疲れたな」「話を聞いてほしいな」と思った時に、
日本のように会おうとか、話そうということが難しくなります。
嫌なことがあったからと言って、気軽に日本に帰れないですよね。

 

「精神的負担が大きい」とはどういう事か

「ひとりでのストレスの発散の仕方も知っている。
居場所なんかなくても、自分はひとりでも十分に楽しい。」
という人もいるかもしれません。

でも、日本から海外に来て、あらゆる環境ががらりと変わることを考えてください。
生活環境も人間関係も変わります。病気もするかもしれません。

職場に日本人は自分1人だけ、あとは全員外国人かもしれません。
若い人は、これまで同期や年の近い先輩と仕事をしていたのに、
海外拠点でいきなり50代の上司と自分の2人になるかもしれません。
生活インフラが整っておらず、しょっちゅう停電する住みにくい国かもしれません。
お腹を壊して「日本食を食べたい」と思っても、日本食がないかもしれません。

そのストレスを本当にひとりでうまく発散できますか?
病気にひとりで対処できますか?
仕事をしていても、普段の生活でも、日々の小さなストレスが意外と多くあります。

 

あるいは、「自分はひとりでも十分に楽しい」というのは、
「いざとなれば居場所がある。家族も友だちも会える」
という日本での前提のもとかもしれません。
海外に出てその前提が取っ払われてしまった時、
本当に「ひとりでも十分に楽しい」と言えるでしょうか。

「居場所がない」「精神的負担が大きい」傾向にある海外では、
「居場所がある」状態は大きな支えになります。

だから「居場所」を見つけよう。

毎日行く「会社」だけが自分の居場所になってしまうと、
それがうまくいかなくなったとき、逃げ場はありません。
わたしの知り合いには、仕事で心が疲れてしまって日本に帰った人もいます。
だから、わたしの上司も「会社以外の居場所を見つけなさい」
とアドバイスしたんですよね。

 

「人間は社会的動物である」というアリストテレスの言葉があります。
人間は個人として存在していても、絶えず他者との関係において存在しており、
社会なくして個人は存在しない、といいます。

ざっくり言えば、
人間は人と人とのつながり、社会とのつながりの中にあるからこそ
人間であるのだ、ということでしょう。

 

「自分はひとりでも楽しい」というのはただの過信か、
自分が社会とつながって生きていたという事実に気づいていないだけにすぎません。

 

 

わたしは絶対にいつもひとりで楽しめる人間でない、と、
そもそも日本にいたときから気づいていたので、
居場所を見つけることは必須だと思っていたのですが、
正直わたしも苦労しました。

幸い、日本にいたときから多少タイに縁があり、
前職時代の先輩にタイ在住の日本人やタイ人を紹介してもらったり、
紹介された友だちの紹介の紹介の紹介なんかでつながったり、
もうタイに来る前から人に頼りっきりです。
「甘えられる相手がいる」ってこういうことです。
わたしも日本にはやはりそういう人がいて、居場所があったわけです。

タイの「自分の居場所」を確立するには
まだ少し時間がかかりそうですが、
タイにあっても自分が社会とのつながりの中で生きている、
という実感が少しずつ出てきました。
そういう実感が出てくると、
ひとりでいるときも「ひとりじゃない」という安心感があります。

 

海外に出たら、居場所を見つけて、それに存分に甘えてください。

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